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師走(しわす)12月の法話

  久遠実成阿弥陀仏     五濁の凡愚をあはれみて 
  釈迦牟尼仏としめしてぞ  迦耶城には応現する

                            『親鸞聖人著;浄土和讃 八十八』   


早いもので、今年も最後の月となりました。
皆様にとっては、どんな一年でしたでしょうか?様々な出会いと別れ、喜びや悲しみの中で月日は静かに流れていきます・・・・

さて、12月8日は人間として生れたお釈迦様が、お悟りを開かれ「ブッダ」となられた日です。これを「成道(じょうどう)」と言います。

お釈迦様は実在された方です。
今から、およそ2500年前、インドの釈迦族の王子様としてお生まれになりました。
お名前を「ゴータマ・シッダルダー」と仰います。生まれながらにして何一つ不自由のない、すべてに恵まれた生活をお持ちだったのです。
もし、そのまま・・富と名誉と美しい者達にかこまれて人生を謳歌して生涯を終えていたとしても、何の不思議もないこの世の「楽園」の住人でした。

しかし・・29歳のある日、カピラ城の壁の外の現実を目のあたりにして、初めて自分の「いのち」の抱えている根本的な苦悩「生老病死」に気づかれたのです。
そのエピソードは「四門出遊(しもんしゅつゆう)」という逸話で残されています。

東の門→老人に会い、この若さはいつまでも続かない事に気づいた。
南の門→病人に会い、この健康は    ”    
西の門→死人に会い、この命は     ”    
北の門→僧侶に会い、そのまま「答え」を求めて出家したのです。

6年間の苦行の果てに35歳の時、ブッダガヤの菩提樹の木の下で、その「答え」を発見されたのです。そして大宇宙の真理(真如)に目覚めた者=ブッダ(仏陀)になられました。

初め、その「悟りの法悦」に一人浸っていたお釈迦様はそのまま、涅槃に入ろうとされていました。教えを残そうなどと全く考えていなかったのです。
それ程、悟りの世界は「人間の知恵を超越した」ものだったからでしょう。
しかし、天界から「梵天」が降りてきて、その教えを衆生に聞かせて欲しいと頼むのです。この逸話を「梵天勧請(ぼんてんかんじょう)」と言います。
お釈迦様は何度もこの申し出を断られています。これは、どういう事なのでしょう・・・?

言葉の世界に生きる、私達人間に言葉では言い表せない「悟り(覚り)」の世界を説く事が不可能に思われたから、そして、何事も自己中心的にしか物事を考えられない人間に、その深遠な教えは到底理解できないと思われたからです。
しかし、最後には、
「この世界には様々な人がいて、仏陀の目覚めた真理を理解できるレベルの人もいるのであるから、是非、説法をするように」と。その梵天の勧めに従って仏陀は説法を始めた、と経典には述べられています。

それから、入滅までの45年間、ただひたすらにインドの大地を歩きその「深遠なる教え」を説き続けました。その数8万4千・・・それ程の言葉をもってしても語りつくせない「真理」なのでありましょう。

浄土真宗の開祖、親鸞聖人はその「仏陀の教え」の中から「大無量寿経」を真実の教として選ばれました。

この苦しみの世界で迷っている事にも気づかず、生老病死の苦海を流転している
衆生を「一人も漏らさず救う」と誓われた阿弥陀如来のお救いが説かれている教えだからです。

久遠実成阿弥陀仏(=阿弥陀如来)が、五濁(=迷いの世界)で苦しんでいる凡愚(=私)を憐れんで、この「真実の教」説く為に迦耶城(=カピラ城)に人間として生れて来られたのだ・・・と頂いているのです。

浄土真宗のお寺のご本堂に「お釈迦様」のお姿はありません。
阿弥陀如来とお釈迦様は一つだからです。そして、今、現在その姿は「言葉」となって私達に至り届き「真理」を説かれているのです。

「ナモアミダブツ・・・・」ほら、皆様の口から聴こえてきましたか?
この私に「いのち」の本当の姿を気づかせ、生きる智慧と希望を与えて下さるお念仏。「言葉の仏」に姿を変えて、今、私に届いて下さる阿弥陀如来の大慈悲を頂きながら、ご一緒に人間として精一杯この「いのち」を輝かせて参りましょう。

                                南無阿弥陀仏



お釈迦様が「仏陀(ブッダ)」になられた、ブッダガヤの菩提樹



結晶お知らせ結晶

築地本願寺にて「成道会布教大会」が開かれます。
七人の布教使が〜お釈迦様の生涯〜をお取次ぎ致します。どうぞ、お越しください。

日時 :12月8日(月)10:00〜15:10(9:00〜受付)
整理券:|¥1、500(昼食付)
交通 :地下鉄日比谷線、築地駅下車すぐ。