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卯月(うづき)4月の法話

弥陀の誓願不思議にたすけまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて
念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の
利益にあづけしめたまふなり。    
   (歎異抄、第1条より)



桜の季節がやってきました。
日本人が世代を超えて持つ、この「桜」への美意識は世界的にみても
類がないように思います。
いったい、この「桜」の何が私達、日本人の心を惹きつけるのでしょうか?

親鸞聖人が9歳で得度をなさる時、「もう遅いから明日にしよう・・」
と仰られた慈円和尚に
「明日ありと思う心の仇桜、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」
と言われて、その言葉に感動された高僧がただちに、剃髪の式をされた。
という有名エピソードがあります。

まさに、その「無常観」というものを日本人は「桜」の生き様に見ている
のかもしれません。
そして、自然のありのままを、精一杯に生き、潔く散っていく姿に、
それが叶わない、わが身を重ね憧れるのでしょうか?
そこには「生死」を恐れない、大きな命の中で生かされている喜びが
溢れています。

仏教は私が「生死」を超える為のおしえです。
では、何時この「生死」を離れて往生する事ができるのでしょうか?
心臓が止まる時でしょうか?
それとも、現代の医療では脳死になった時でしょうか?

親鸞聖人は「阿弥陀様の誓願を信じてお念仏しようという心がふと湧いた瞬間」
と仰っています。
なぜなら、この「信心」は阿弥陀様から頂いたものだからです。
私がそう思った時、すでに阿弥陀様の摂取の力の中に入って、二度と
捨てられることがない、救いの中に入っているのです。
これが親鸞聖人がお示し下さった「現生正定聚」(げんしょうしょうじょうじゅ)
の位です。

今、この瞬間に、この時、この場所で往生が定まるのです。
私達が命を精一杯輝かせるのは、死後ではなく、今、この世界なのです。
だから、どんな人生でもありのままに受けいれて行く勇気と力が湧いてきます。
そして、お念仏を称えながら、自分の往生が定まった喜びを、周りの人々への
報恩行としてお返ししていく・・・ご縁を繋げていくのです。
「信心正因、称名報恩」と言われる所以です。

「桜」のように精一杯この「いのち」を生きる・・・
お念仏と共に生きる人生だからできる事です。 



 


    
                                

            桜法座・イベントのお知らせ桜


  ☆「光善寺仏教講座」
      4月25日(土)午後2時より4時まで
        本願寺派布教使 島根県浄光寺衆徒 能美 真生 師
                (どなたでもどうぞ。無料)

いよいよ、女性2菩薩、真生さんの登場です。皆様、どうぞご聴聞にお越し下さいね。


  ☆「光善寺旅行会」
      4月14日(火)〜16日(木)2泊3日
         沖縄県、八重山郡小浜島方面

 ☆「花まつり」
      4月11日(土)築地本願寺
         各種イベントあり。18:00より、「落語会」

  ☆「英語法座」(国際仏教協会)
      4月25日(土)17:30より 
         築地本願寺「門法ホール」入場無料
      Speaker: Rev. koshin Yamamoto  (山本 浩真 師)