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水無月(みなづき)6月の法話

<自然(じねん)>といふは、<自>は、おのづからといふ、
行者のはからひにあらず。しからしむといふことばなり。
<然>といふは、しからしむといふことば、行者のはからひにあらず。
如来のちかひにてあるがゆゑに。
<法爾(ほうに)>といふは、如来の御ちかひなるがゆゑに、しからしむるを
法爾といふ。
                        親鸞聖人御消息『自然法爾章』        
                       



早いもので、梅雨の季節になりました。
春に芽生えた新しい草木の命は、この雨の季節に大きくその枝葉を成長させます。
そして、来る夏には灼熱の太陽の光をたくさん吸収し、秋に沢山の実をつけるのです。木や草花はただ、そこにじっとしているだけで、自然からの恩恵を受け、
命を育くみ繋げてきました。

「自然」とは、天然のままで人間の力をくわえない状態のことを言います。
英語の「Nature(ネーチャー)」を「自然」と翻訳してから、自然食品、
自然科学、自然環境など多方面で使われるようになりましたが、元来は
「じねん」と読み、仏教用語の一つです。

「自然(じねん)」すなわち他力なり。。。。

という親鸞聖人のお言葉がありますが、他からの何の人為的な力を加える
ことなく、自からの姿のままであること、つまり「自ずからしからしむ」
事を自然と言うのです。
そして、それは宇宙の真理のハタラキそのものであるので「法爾(ほうに)」
とも言います。

この「自然法爾」は浄土教の根幹をなす言葉であり、親鸞聖人の師匠で
浄土宗の開祖である法然聖人のお名前は、この「爾自」から来ています。

法然聖人は、例えば炎は空に登り、水は低きにながれるように、念仏すれば
浄土に往生する。これを「自然法爾」の道理と言う・・と説いておられます。

この私の口から、いつの間にか「お念仏」が出てくださっていたのも、
お念仏を称えながら、凡夫が仏に転じられてゆくのも、すべて「自然」のハタラキ・・・
つまり、阿弥陀如来の本願他力のハタラキそのものであると、頂いているのです。
そこには人間の計らいが1%もありません。だからこそ、真実真如なのです。

あらゆる命の救済は、人間のはからいによって成立する事ではなく、如来の本願力
の自からなるはからいによって、はじめて実現するものであるという事でしょう。


恵みの雨があらゆる草木に平等に降り注ぐように、阿弥陀如来の本願力も
あらゆる命の上に平等にはたらいているのです。      
                                
                               合掌




  親鸞聖人が「真実の教」と崇められた『仏説大無量寿経』には「自然」
  という言葉が56カ所も出て来ます。



           雨法座・イベントのお知らせ雨


   ☆「光善寺仏教講座」
      6月20日(土)午後2時より4時まで
           本願寺派布教使 円通寺住職 加戸 利円 師
                (どなたでもどうぞ。無料)


   ☆「英語法座」
      6月27日(土)午後5時半より7時まで 於;築地本願寺
           Speaker  元、浦和大学教授 真正 襄 師
【テーマ】 加齢と信仰(Aging and Faith)

*当日、NHKのBS海外の取材が入ります。参加無料です。

   
布教使 眞諦の出講予定

   ☆6月 3日(水)京都西本願寺、住職課程「マナー講座」
   ☆6月16日(火)常例法座 千葉県 大願寺