<< 弥生(やよい)3月の法話 | main | 文月(ふみづき)7月の法話 >>

皐月(さつき)5月の法話

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのことみなもって、
そらごと たわごと まことあることなきに ただ、念仏のみぞ 
まことにておはします          (歎異抄 後序

  
 「スーパーひたち」の車窓から、在りし日の
  南相馬の美しい海岸線。まさにこの世は無常です。


皆様、如何お過ごしでしょうか。

東日本大震災から一月以上も経った今も放射能の危険は収まっていません。
小さいお子様をお持ちの方はさぞ、ご心配なことでしょう。

東京では日常の生活が戻りつつあるのと同時に、だんだん危機感が
薄れていく事を実感しています。

毎日のように続く余震も、あまり慌てなくなり人間の
「喉元過ぎれば
熱さ忘れる・・」と昔の方が言われた通り、忘れる事で
再び自分の勘や
経験による想定した毎日を過ごしている事に気づかされます。

やはり、煩悩が具足している私なのだと
つくづく思い知らされます。

今、被災された方々にも様々な変化が現れているとの事です。
同じ
避難所にいる方でも、家族を失った人とそうでない方は違うでしょう。

また、.薀ぅ侫薀ぅ鵑回復したら家に戻れる人。
   家は流されたが、街に戻ることのできる人。
   J射能汚染でもう街に戻れない人。


それぞれの立場によって、これからの人生も変わってくるに違いありません。家族を失った人、家をうしなった人、故郷をうしなった人・・

悲しみを比べる事はできませんが、ボランティアで現地に入った
仲間の僧侶から、これから仮設住宅に入り、独りになってからが、
一番、心配だと聞かされました。

私達はもしかしたら時間と共に、この方達の事を忘れてしまうかも
しれません。でも、どんな事があっても決して見捨てず、必ず救うと
働いて下さる大慈悲が存在します。
いつでも、どこでも、私の「命」を共に生きて
下さる仏が、阿弥陀如来です。

そして、忘れる事で同じ過ちを犯す愚かな私を、智慧の光で照らし
気づかせて下さいます。

今こそ、お念仏と共に生き、真実を見抜く目を持って、この時代を
生きさせて頂きたいと思います。

そして、縁に触れれば明日はわが身である事を肝に命じ、
末永く被災者の悲しみに寄り添いたいですね。       合掌

  

   
去年、布教で訪れた「福島県浪江町」
今、人の姿はありません。悲しみが胸に溢れます・・・


   
ご縁を頂いた双葉町の「光善寺」さんの本堂。
福島原発から半径10キロ以内にありました。
今、ご住職は東京に疎開されています。婦人会の
皆様は如何おすごしでしょうか・・胸が傷みます☆

必ず、またご一緒にお念仏をお称えしましょうね。
お念仏はどん底の中で、生きる力を与えて下さいます。
絶望の中で、希望の光を放つのが「南無阿弥陀仏」だからです。
大丈夫、阿弥陀さまがいつもご一緒ですよ☆