<< 如月(きさらぎ)2月の法話 | main | 睦月(1月)の法話 >>

睦月(1月)の法話

 
 生死の苦海ほとりなし 久しく沈める我らをば
 弥陀弘誓の舟のみぞ  乗せて必ず渡しける・・
               
(親鸞聖人著 高僧和讃)


     

           

新しい年が始まりました。皆様はどんな新年をお迎えでしょうか。
今年、新な家族を迎え賑やかにお正月を祝った方、
また反対に、ポッカリと穴の空いたような寂しい気持ちで
新年を迎えた方・・
人生には良い事も悪い事も、私の都合に関係なく突然訪れます。
中でも病死の問題は誰もが避けて通れない「いのち」の問題です。

大切な方を失う悲しみ・・
病になって死んでいかねばならない苦しみ・・
人間の持つ究極の苦の姿です。


私事ですが。
昨年の六月、入浴中に左乳房にしこりを見つけ
「まさか・・」
という気持ちで訪れたレディースクリニックで、
「乳がん」と診断され、限られた命を生きている
我が身であった事を改めて思い知らされました。

今まで、幾度となく聞かせて頂いた「生死出離の教え」
初めて我が事として輝きだした瞬間でもありました。   
もし仏の智慧の世界に出遇っていなかったら、
今も死への恐怖から逃れられずパニックになって
いたかもしれません。


もちろん最初は命の期限を知り
食事も喉を通らない時間を過ごしました。
今まで他人事として受け止めていた生死の問題が
初めて自分の苦悩になったからです。
正に如来様からのご催促・・

でも、私の中には有りのままの命を受け止めていく覚悟
などどこにもありませんでした。
唯、ご本堂の阿弥陀さまだけが、金色に輝く光の中で、

「何も心配いらない。我に任せよ。必ず救う・・」
微笑んでいらしたのです。


「南無阿弥陀仏」は、この「いのち」の先に
真実のいのちの世界が既に完成してある。という
そして、お念仏は、その世界が私に届いた姿。

阿弥陀如来の大慈悲の温もりが
私の中に流れ込んできた瞬間でした。


今、病気の事は信頼する主治医の先生に、
そして後生の事は阿弥陀様にお任せして、
少しずつですが、
有りのままの命を納得して引き受けていける私
お育て頂いているような気がしています。
もちろん、家族や友人、門信徒の皆様の支えあればこそですね。
素直に感謝☆。

明日の命の保証は誰にもありません。
だからこそ、
一人でも多くの方に生死を超える為の仏の智慧と、
何時いかなる時も私を決して離さない
大慈悲の確かな温もりの世界に出遇って頂きたいと、
今、心から願っています。
南無阿弥陀仏・・・

釋 眞諦