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睦月(1月)の法話


弥陀の誓願は 無明長夜の
  おほきなるともしびなり

         (親鸞聖人著『尊号真像銘文』)



 

慈光照護の元、皆様にはお健やかに新年をお迎えの事と存じます。
新しい家族をお迎えになり、盛大にお正月をお祝いされた方、
また、大切な方を亡くされて、ぽかりと穴のあいた様な寂しさの中、
孤独を抱きしめていらっしゃる方。
もしかしたら、
今、死を見つめて病と闘っている方もいらっしゃるかもしれませんね。
一年前には思いもしなかった出来事が、悲喜こもごも、
私たちの人生には突然、廻って参ります。

しかし、それらは決して他人事ではなく、
誰の上にも訪れる人生の景色の一コマです。
だからこそ、何が起こっても、
決して崩れる事のない平安を心の中に築く事が、
この「諸行無常の世」を生きる私達にとって
最も重要な事ではないでしょうか。


お念仏の信心をいただくとは
逃げたり、頼ったり、することではなく
納得して ありのまま 現状をいただく身に
育てられることです。
 
               鈴木 章子
(あやこ)

 
鈴木章子さんは、大谷大学前学長、小川一乗師の妹で、
知床半島にある浄土真宗のお寺の坊守さんでした。
43歳の時、乳癌を発症し左乳房全摘、
3年後、肺・脳と全身に癌が転移する中、
お念仏者として、「病」を法縁と受け止め、
ありのままの命に向き合いながら、
阿弥陀如来の大慈悲に抱きしめられているわが身を、
精一杯生き切られた方です。

残された多くの歌には、壮絶な癌との闘いの中、
「無量寿のいのち」に納め取られていく者としての
歓喜が満ちあふれています。


  「生死」

 死というものを 自覚したら
 生というものが より強く浮上してきた
 相反するものが 融合して
 安らげる不思議さ・・

  「いのち」

 量り知れない 永い命の歴史の中に
 今 私が在ると気づいたら
 生死のきれめが
 見えなくなりました。

  「この生」

 仏さまのお言葉がわかる
 今の生をいただきまして 有難うございました

 佛法をお聴かせいただく身に
 させていただきまして 有難うございました

 お念佛をいただくことができまして
 有難うございました
 
 喜んで この生 終らせていただきます。

  
「聴聞」

 聴けば聴くほど
 おまかせ以外 仕方のない私が
 わかってくる。


「聴聞(ちょうもん)」とは、
何故、阿弥陀如来は頼みもしないのに、
この私を仏にしたいと願われ、
「南無阿弥陀仏」の名号となって呼び続けているのか?
その「仏願の生起本末」を聞いていく事です。

その答えに出遇った時、
「信心」という永久(とわ)に消えない灯が私の心に灯ります。
たとえ私の人生に何が起こっても、
決して揺らぐことのない、真実の世界です。

ありのままの命に感謝し、
合掌していのちを終えていける人生を、
共に歩みたいですね。

今年も是非、ご聴聞にお越しください。


釈 眞諦