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睦月(1月)の法話 平成29年

  

 弥陀の本願信ずべし

   本願信ずるひとはみな

   摂取不捨の利益にて

   無上覚をばさとるなり

          (親鸞聖人著『正像末和讃』夢告讃)

    

 

慈光照護の元、皆様にはお健やかに新年をお迎えの事と存じます。

新しい家族をお迎えになり盛大にお正月をお祝いされた方、

また、大切な方をお浄土に見送られ、

亡き方の面影をしのびながらお過ごしの方もおられる事でしょう。

 

人生には悲喜交々、様々な出来事が廻って参ります。

まさに、「生きる」という事は、

それらをありのまま受け入れていく・・と言う事なのかもしれません。

その為には、自分の人生に何が起こっても、決して揺らぐ事のない

安心の世界を心の中に築いていく事が不可欠です。

 

阿弥陀如来は、この末法と呼ばれる五濁悪世に生きる衆生を

必ず救いとると誓われた仏様です。

 

自力(自分の力)修行によって成仏する道が険しい陸路だとしたら、

阿弥陀様の願力(他力)にお任せして成仏するのは、

船で海路を行く易行だと言われています。

 

しかし、経典には、末法に生きる衆生には

「極難信の法」とも説かれているのです。

それは科学教育の中で確立されてきた「私」という自我が、

自分の理解できない仏の領域を、

疑心無くして受け入れる事が困難だからではないでしょうか。

 

宗祖親鸞聖人は「本願を信じ、念仏申さば仏になる。」

と浄土真宗の肝要をお示し下さいました。

阿弥陀如来は、私達の上に、

私が称える念仏(南無阿弥陀仏)となって現れて下さり、

この命を共に生き、浄土へ迎え取って下さいます。

 

しかし、それを拒絶しているのは、私達の疑心。

即ち、自分が正しいと信じる自力心なのかもしれません。

でも、ご安心を☆☆

南無阿弥陀仏の名号には、そんな私の頑なな心を柔軟にし、

疑心を破る力があるからです。

 

仏に成りたいとも思わなかった自分が、

いつのまにか浄土に生まれさせて頂く身を慶ぶようになる・・

それが、他力本願の凄い功徳☆

 

この「いのち」の先の世界を疑心なく信じる事ができたら、

それは、煩悩を抱えたままの身で生死を超える智慧を頂いたという事。

そんな馬鹿な・・いいえ。

あり得ない事を可能にするのが、ご本願のハタラキなのです。

 

信心を頂いた者にとって、

死ぬことは終わりではなく、浄土へ生まれていく(往生)事。

そこには、「さようならのない世界」が広がっています。

今度は仏となって、再びこの娑婆世界に還り、

あらゆる衆生を救済していくのです。

 

摂取不捨の利益・・

私も皆様も、もう、その働きに納め取られています。

日々、阿弥陀様からのご催促(気づき)を頂きながら、

仏に育てられているのかもしれませんね。

阿弥陀さまは決して捨てないから、育てて下さるのです。

有り難いですね☆

 

今年も阿弥陀如来の誓いを信じ、尊い御名を称えつつ、

強く明るく生きて参りましょう。   称名

 

                  釈 眞諦(長男と)