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皐月(5月)の法話☆

聞けば聞くほど、我が身の愚かさに

下へ下へと落ちていくのです。

ではどこに落ちていくのかと言いますと、

それこそ阿弥陀さまの胸の中へと落ちていくのです。

                 福間 義朝

 

若葉の輝く頃となりました。

ピカピカの一年生も入学式から早一ヶ月。

そろそろお友達ができた頃でしょうか。

 

今から十数年前、私は二男の小学校入学式を欠席しました。

一般の家庭からお寺に嫁いだ私は、不思議なご縁に導かれて、

45歳の年齢制限ギリギリで、

布教使になる為に京都の伝道院に入学したばかりだったからです。

 

その日、朝の法話担当だった私は、母親でありながら、

子供の入学式より自分の都合を優先した我が身を、

自問自答しておりました。

話の最中、父親と二人きりで小学校の校門をくぐる

息子の姿が突然浮かんで来て涙がこぼれました。

 

その時、院生の数人が、

「将来、息子さんに会う機会があったら、

お母さんが入学式に出られなかった事を

泣きながら法話していたと伝えてあげるから・・」

と慰めてくれたのを覚えています。

法の友とは本当に有り難い存在です。

 

それから数日後、

指導講師の福間先生との忘れられない面談がありました。

先生は私の心情を察していたかのように、開口一番、

 

「どうですか。子どもさんの事をあまり思い出さないでしょう。

母親でもね、皆、凡夫だから。自分が一番大事なんじゃないかな。

それを仏さまに聞かせて頂くと、落ちていくんですよ。

どこへ落ちて行くかというと、阿弥陀さまの胸の中に落ちて行くのです。」

と、優しく微笑んで下さいました。

 

私は悶々とした日々を過ごしながら、いつしか自分の事で精一杯で、

子どもの事をすっかり忘れている自分の心を見透かされたようで、

雷が落ちたような衝撃を受けました。

その時、本当の自分に出遇ったのです。

部屋を出た途端、涙が溢れました。

 

それから百日間、先生の言葉どおり、

私はどこまでも阿弥陀様の中に落ちて行きました。

そこは温かなお慈悲の世界。あれから、十数年・・

私は今も愚かなまま、母親を続けさせて頂いております。

 

ちなみに、今年大学1年になった二男に聞いてみると、

小学校の入学式に私が居なかった事は全く記憶にないとの事。

 

「え〜っ」

 

この母親にしてこの息子ありき、という事でしょうか。

そういう訳ですので、

法友の皆様、どうぞご安心を・・

 

 

        本願寺新報5月10日号「いのちの栞」原文