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水無月(6月)の法話☆

念仏は私に ただ今の身を

納得して頂いていく力を与えて下さる

                  鈴木 章子

 

雨の季節になりました。

恵みの雨は仏さまのお慈悲のように、場所を選ばず、

あらゆる「いのち」に平等に降り注いでいます。

洗濯物が乾かないなどと愚痴をこぼしているのは

人間だけかもしれませんね。

 

乳がんの手術から、今月でちょうど5年が経ちました。

今も毎日、がん細胞の増殖を抑える薬を服用していますが、

それ以外は普通の日常を送っております。

しかし、あの日以来、私の中では何かが変わりました。

 

入浴中にたまたま乳房のしこりを発見した時、

頭をよぎったのは、「もしや?」ではなく「まさか。」でした。

あれ程、仏さまから自分が病む命、

限りある命を生きているとお聞かせ頂いていたのに、

すべてが他人事。

 

二人に一人が何らかの癌を発症する現実にも関わらず、

「まさか、私が癌になるはずはない・・」

とそんな根拠のない確信の中に胡座をかいていたのです。

そして、私は猛烈な「死」への恐怖に襲われました。

 

そんな時、思い出したのが鈴木章子(あやこ)さんの詩です。

彼女は小川一乗氏の妹さんで、乳がんを患いながら、

47歳で往生されるまで、お念仏を慶び、

お念仏に生かされながら、沢山の詩を残されました。

冒頭の詩は章子さんの遺著『癌告知のあとで』の

最後に記された詩です。

 

「死」が他人事だと思っていた時、

その詩は私の心を感動させ、勇気を与えてくれました。

しかし、我が事となったとき、

それは、自分の心情とはかけ離れた、

とても受け入れ難いものでした。

 

私は一人、ご本堂で阿弥陀さまに向き合いながら

その理由を知りました。

それは、今まで私は自分の思いで

仏さまの声を聞いていたのだという事です。

 

阿弥陀様は今、私の悲しみを我が悲しみとして

一緒に泣いて下さっているはず・・と見上げたお顔は、

金色の光の中で「何も心配ない」というお顔で

ニコニコと微笑んでいました。

 

その時、初めて、私が

すでに大きな安心の世界に抱かれていた事を知ったのです。

この命の先にお浄土は完成されてあったのです。

 

「まかせよ。」

「ハイ」

ただ

これだけ・・

 

章子さんの詩のままに、

お任せしかない「いのち」を今、私は生きています。

 

       本願寺新報6月10日号「いのちの栞」原文